多様性を活かす組織のつくり方

インクルージョン推進施策の「持続性」を高める:文化定着と進化への実践的アプローチ

Tags: D&I推進, インクルーシブ文化, 組織開発, 人事戦略, 効果測定

はじめに

近年、多くの企業でダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進に向けた様々な施策が実施されています。しかしながら、一部の施策が一時的なイベントとして終わってしまったり、従業員の関心が薄れて形骸化してしまったりといった課題に直面している人事担当者の方も少なくないのではないでしょうか。インクルーシブな組織文化を真に醸成し、その効果を組織力向上に繋げるためには、施策の一過性の実施にとどまらず、その「持続性」を高め、時代の変化に合わせて「進化」させていく視点が不可欠です。

本稿では、D&I推進施策が形骸化してしまう要因を分析し、いかにして施策を持続させ、組織文化として定着させるか、さらにその効果を継続的に高めるためにどのように施策を進化させていくべきかについて、実践的な戦略とアプローチを提示します。

D&I推進施策が形骸化する要因

D&I推進に向けた取り組みが計画通りに進まなかったり、期待した効果が継続しなかったりする背景には、いくつかの共通する要因が存在します。これらの要因を理解することは、持続性のある施策設計の第一歩となります。

1. 経営アジェンダとしての位置づけの曖昧さ

D&I推進が、経営戦略や事業戦略と明確に連携されていない場合、施策は独立した活動となりがちです。経営層のコミットメントが一時的であったり、現場への重要性が十分に伝わらなかったりすると、組織全体で推進する機運が薄れ、予算やリソースの継続的な確保も難しくなります。

2. 全従業員への浸透不足と「他人事」意識

特定の担当部署や一部の従業員のみが積極的に関わる一方で、多くの従業員にとってD&Iが「自分事」として捉えられていない状態です。研修やイベントが実施されても、それが自身の業務やキャリア、日々の働き方とどう結びつくのかが不明瞭である場合、関心は一時的なものに留まります。

3. 施策の効果測定とフィードバックサイクルの欠如

どのような施策を実施したか、という「Doing」に終始し、それが組織や従業員にどのような変化をもたらしたか、という「Being」や「Having」を十分に測定・分析しない場合、施策の有効性を判断できず、改善や次の打ち手に繋げることができません。効果が見えにくい施策は、継続の優先順位が下がりやすくなります。

4. 変化への抵抗とマイクロアグレッションへの無策

新しい価値観や行動様式への変化は、既存の組織文化や個人の慣習との間に摩擦を生むことがあります。無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)や、意図的でないにしても相手を不快にさせる可能性のある言動(マイクロアグレッション)に対して、組織として適切に対応しない場合、インクルーシブな環境の構築は阻害され、施策の効果を打ち消してしまいます。

施策を持続させ、組織文化として定着させる戦略

D&I推進を一時的なブームで終わらせず、組織の基盤となる文化として根付かせるためには、以下の戦略が有効です。

1. 経営層の強力かつ継続的なコミットメントを引き出す

D&I推進を明確な経営戦略として位置づけ、定期的なメッセージ発信、会議での議題化、目標設定への反映などを通じて、経営層の強い意志を全社に示し続けることが重要です。D&Iが事業成長やリスクマネジメントにどう貢献するのかをデータに基づいて説明し、投資対効果(ROI)の視点を含めて継続的な支援の必要性を訴求します。

2. 全従業員を巻き込む双方向コミュニケーションと「自分事化」促進

D&Iに関する情報を一方的に発信するだけでなく、従業員が自身の考えや経験を共有できるプラットフォームや機会を提供します。タウンホールミーティング、ワークショップ、社内SNSなどを活用し、多様な視点や課題をオープンに話し合える場を設けます。自身のアイデンティティや経験がD&Iとどう繋がるのかを考えるきっかけを提供し、「自分事」として捉えてもらうための対話やストーリーテリングも効果的です。

3. 現場主導のイニシアティブとネットワーク構築の促進

従業員主導のグループ(ERG/BRGなど)の活動を支援し、現場からの声を施策に反映させる仕組みを作ります。これにより、従業員のオーナーシップを高め、ボトムアップでのインクルージョン推進を可能にします。部門横断的なネットワークを構築し、成功事例や課題感を共有する機会を設けることも、組織全体での推進力を維持するために役立ちます。

4. D&Iを人事プロセス・業務に組み込む

D&Iを特別な活動ではなく、日常的な人事プロセス(採用、評価、報酬、昇進、人材育成)や業務の進め方の中に組み込みます。公平な評価基準の策定、多様な人材が能力を発揮できる配置転換、インクルーシブなマネジメントスキルの育成などを通じて、D&Iを「当たり前」のものとして定着させます。

施策の効果を継続的に高め、進化させるアプローチ

一度定着したD&I施策も、外部環境の変化や組織の成長に合わせて見直し、進化させていく必要があります。

1. 定期的な効果測定とデータに基づく改善

D&I推進の効果を測るための具体的なKPIを設定し、従業員サーベイ(エンゲージメント、心理的安全性、インクルージョン実感など)、定着率、昇進率、採用データ、給与データなど、様々なデータを継続的に収集・分析します。分析結果に基づき、施策の有効性を評価し、必要に応じて改善や新たな施策の導入を検討します。このデータに基づいたフィードバックサイクルを確立することが、施策を陳腐化させず、常に最新の状態に保つ鍵です。

2. 外部環境・社会のトレンドへの対応

社会の価値観の変化、法制度の改正、新たなマイノリティへの認識の高まりなど、外部環境の変化を常に注視し、D&I推進のテーマやアプローチをアップデートします。他社の先進事例や専門家の知見なども参考に、自社の状況に合わせた施策の進化を検討します。

3. 従業員の声(VoE)収集・活用チャネルの多様化

サーベイだけでなく、パルスサーベイ、個別面談、フォーカスグループ、提案制度など、多様なチャネルを通じて従業員の生の声や潜在的なニーズを継続的に収集します。特に、これまで声があがりにくかった層からの意見を丁寧に聞き取り、施策の改善や新たなテーマ設定に反映させます。

4. イノベーションとの連携強化

多様な視点や経験を取り入れることは、組織の創造性や問題解決能力を高め、イノベーションの創出に繋がります。D&I推進を、単なるコンプライアンスや従業員満足度向上のための活動としてだけでなく、新たなビジネスチャンスや価値創造に繋がる戦略として位置づけ、積極的にイノベーション部門などと連携することで、施策の重要性を高め、進化のモチベーションを維持することができます。

効果測定におけるKPI設定の視点

施策の「持続性」と「進化」を評価するためには、従来のKPIに加えて、以下の視点を持つことが有効です。

これらのKPIを定期的に測定し、その結果を基に施策の評価と改善を行うサイクルを回すことが、持続的な推進には不可欠です。

まとめ

D&I推進は、一度施策を実施すれば終わりというものではありません。インクルーシブな文化を組織に根付かせ、組織力を継続的に高めていくためには、施策の「持続性」を確保し、常に社会や組織の変化に対応して「進化」させていく不断の努力が必要です。

経営層の強いコミットメント、全従業員の「自分事化」、現場からのボトムアップ活動の促進、そしてデータに基づいた定期的なレビューと改善サイクルを組み合わせることで、D&I推進は組織の競争優位性を高めるための強力なドライバーとなり得ます。本稿で提示した実践的なアプローチが、貴社のD&I推進をより持続可能で、かつ進化し続けるものとする一助となれば幸いです。