多様性を活かす組織のつくり方

サプライヤー多様性を通じた組織力向上:人事と調達部門連携の実践アプローチ

Tags: サプライヤー多様性, D&I, 組織力向上, 人事戦略, 調達戦略, バリューチェーンインクルージョン

はじめに:サプライヤー多様性がD&I推進担当者にとって重要な理由

企業のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進は、従業員のみならず、ビジネスに関わるあらゆるステークホルダーへとその範囲を広げています。その中でも近年注目されているのが「サプライヤー多様性(Supplier Diversity)」です。これは、企業が製品やサービスの調達において、女性、マイノリティ、障がい者、退役軍人などが経営する企業や、地域の中小企業など、多様な属性を持つサプライヤーから意識的に購入する取り組みを指します。

なぜ、人事部門のD&I推進担当者がこのサプライヤー多様性に関心を持つ必要があるのでしょうか。それは、サプライヤー多様性の推進が、単なる調達活動に留まらず、企業のインクルーシブな文化をバリューチェーン全体に拡張し、ひいては組織力向上、レジリエンス強化、新たなイノベーション創出、そしてブランドイメージ向上に貢献する戦略的な取り組みだからです。従業員の多様性確保と同様に、サプライヤーの多様性は企業の持続的な成長に不可欠な要素となりつつあります。

本稿では、サプライヤー多様性推進の重要性、人事部門が果たすべき役割、調達部門との連携における課題、そして実践的なアプローチや効果測定の方法について解説します。

サプライヤー多様性推進が組織にもたらす価値

サプライヤー多様性を戦略的に推進することは、企業に多岐にわたるメリットをもたらします。

1. 組織のインクルージョン文化の拡張と浸透

サプライヤー多様性への取り組みは、企業のD&Iに対するコミットメントを社外に示すだけでなく、従業員に対してもその理念を浸透させる機会となります。「インクルージョン」の考え方を、社内の人間関係や文化だけでなく、外部パートナーとの関係性にも広げることで、より強固で一貫性のあるインクルーシブ文化を醸成することができます。

2. レジリエンスとサプライチェーンの安定化

多様なサプライヤー基盤を持つことは、特定の供給元への依存度を減らし、予期せぬ市場変動や自然災害が発生した場合でも、サプライチェーンの柔軟性と安定性を高めることに繋がります。中小企業や地域密着型のサプライヤーは、大手とは異なる迅速な対応力や専門性を持っている場合があり、リスク分散に貢献します。

3. イノベーションと競争力の向上

多様なバックグラウンドを持つサプライヤーは、独自の視点、技術、ビジネスモデルを提供することがあります。これにより、新たな視点からの製品開発やサービス改善が生まれ、企業のイノベーション創出能力を高めることができます。これは結果として、市場における競争力強化に繋がります。

4. ブランドイメージと企業価値の向上

サプライヤー多様性への積極的な取り組みは、社会的な責任を果たす企業としての評価を高めます。ESG投資の観点からも重要視されており、顧客、従業員、投資家からの信頼獲得やブランドイメージ向上に貢献します。これは、優秀な人材の獲得・定着にも好影響を与えます。

人事部門がサプライヤー多様性推進において果たすべき役割

サプライヤー多様性の推進は主に調達部門の担当範囲と捉えられがちですが、D&Iを全社戦略として推進する人事部門が果たすべき重要な役割があります。

1. 全社的なD&I戦略との整合性確保

サプライヤー多様性の取り組みが、企業の掲げるD&I戦略全体のビジョンや目標と整合しているかを確認し、連携を強化します。全社的なインクルージョン文化の一部としてサプライヤー多様性を位置づけることで、取り組みの意義を明確にし、関係部署の理解と協力を得やすくなります。

2. 社内教育と意識啓発の支援

サプライヤー多様性の重要性やメリットについて、特に調達部門を含む関連部門の従業員への教育や意識啓発を行います。アンコンシャスバイアス研修の一部として、サプライヤー選定における無意識の偏見について取り上げたり、多様なサプライヤーとの協業事例を紹介したりすることも有効です。

3. ポリシー策定への参画

サプライヤー多様性に関する企業ポリシーの策定プロセスに参画し、D&Iの専門知識を提供します。どのようなサプライヤーを多様な属性として定義するか、目標設定の方法、サプライヤーへの開示要請事項などについて、公平性とインクルージョン確保の観点から提言を行います。

4. 効果測定指標(KPI)の共同設定

サプライヤー多様性推進の効果を測定するためのKPI設定において、調達部門と連携します。多様なサプライヤーからの購入額や比率といった定量的な指標に加え、サプライヤーのエンゲージメントやプログラムへの参加度といった定性的な指標についても、D&Iの視点から適切な設定を支援します。

調達部門との効果的な連携アプローチ

サプライヤー多様性推進を成功させるためには、人事部門と調達部門の緊密な連携が不可欠です。

1. 共通の目標設定と進捗共有

人事部門と調達部門でサプライヤー多様性に関する共通の目標を設定し、定期的に進捗状況を共有する会議体を設けることが有効です。これにより、部門間の認識のずれを防ぎ、協力体制を強化できます。

2. サプライヤー多様性に関する共同研修の実施

人事部門がD&Iに関する知見を提供し、調達部門がサプライヤー管理に関する専門知識を提供する形で、共同で研修プログラムを企画・実施します。これにより、調達担当者がサプライヤー多様性の意義を理解し、実務で考慮できるようになります。

3. サプライヤーデータベースの構築・改善支援

多様な属性を持つサプライヤー情報を収集・管理するためのデータベース構築や、既存システムの改善を人事部門が支援します。サプライヤーの多様性に関する情報を適切に把握することが、目標設定や効果測定の基盤となります。

4. サプライヤーへのコミュニケーション戦略策定協力

自社のサプライヤー多様性に関する取り組みや期待について、既存および潜在的なサプライヤーに対してどのように伝えるか、コミュニケーション戦略の策定に協力します。これにより、サプライヤーからの理解と協力を得やすくなります。

サプライヤー多様性施策の効果測定とKPI設定

サプライヤー多様性推進の成果を測定し、経営層に報告するためには、明確なKPI設定が必要です。

定量的なKPI例

定性的なKPI例

これらのKPIを定期的にトラッキングし、分析することで、施策の効果を評価し、改善点を見出すことができます。人事部門は、D&Iの視点からこれらのデータの分析や解釈を支援することが可能です。

まとめ:サプライヤー多様性推進を通じた持続可能な組織力の強化

サプライヤー多様性の推進は、単に倫理的な要請に応えるだけでなく、ビジネスのレジリエンス強化、イノベーション創出、そして企業の持続的な成長に貢献する戦略的な取り組みです。この取り組みを成功させるためには、D&I推進の中核を担う人事部門が、調達部門と緊密に連携し、全社的なD&I戦略の一部として位置づけることが不可欠です。

人事部門は、サプライヤー多様性の重要性に関する社内教育、ポリシー策定への参画、そして効果測定指標の共同設定などを通じて、この取り組みを戦略的に支援することができます。調達部門との連携を強化し、共通の目標に向かって協力することで、企業のインクルージョン文化をバリューチェーン全体に拡張し、真に多様性を活かす組織へと進化させることが可能になります。

サプライヤー多様性への取り組みは、短期的な成果だけでなく、長期的な視点での組織力強化と企業価値向上に繋がる投資と言えるでしょう。D&I推進担当者の皆様には、ぜひこの視点を持って、自社のサプライヤー多様性推進に積極的に関与されることを推奨いたします。